恋人の合鍵をなくしたらフラれた
中学の修学旅行で行った尾瀬国立公園の湿地帯を歩いた記憶が忘れられない。水芭蕉があたり一面を彩るなか、どこまでも長く続く木道を延々と歩き続ける。当時はなんのためにこんなにたくさん歩かなくてはならないのか、足が痛くなるほどの距離を恨んだものだけど、今となってはそれもいい思い出である。そしてその国立公園の湿地帯には決して足を入れたり手を入れたりしてはいけないのだと、先生やバスガイドさんに口酸っぱく言われたことを覚えている。なぜなら尾瀬の湿地帯では、1cmの陥没が戻るのに10年以上かかるからだそうだ。
どうしてそんなことを思い出すのかというと、今の私がその状態だからだ。
私は恋人の住むマンションのカギを失くしてしまった。そもそも彼が親でも親戚でもない赤の他人である私にカギを渡してくれたのは、それなりに信用してるという証でもあった。それなのに、私はそんな彼の信用を踏みにじるようなことをしてしまったのだ。湿地帯の回復に10年必要なように、私の信頼の回復にも時間と誠意が必要なんだろう…。もうフラれてしまったから手遅れかもしれないけれど、彼の家のカギの取り換えを申し出て、被害があれば弁償し、もう一度誠意を持って謝ろうと思う。あとは彼の私への信用が回復するのを待つのみだ。もしかしたら許してくれるかもしれないし、私への信頼が回復することはもうないのかもしれない。
自分の迂闊さを悔やんでも仕方ない。今の私にできることは、尾瀬の水芭蕉のように、ただそこにいて信頼の回復を待つだけである。